少女漫画

音楽漫画 僕のジョバンニ 1巻 あらすじとネタバレ


僕のジョバンニ(1) (フラワーコミックス) [ 穂積 ]

僕のジョバンニは穂積さん作、現在連載中のチェロ弾きの少年二人の物語です。天賦の才能と努力の天才の二つの才能のぶつかり合いがストーリーの軸になっています。現在4巻まで発売中。未完結作品なので、1巻づつ紹介していきます。

手塚鉄雄は小学生。海沿いの小さな町でただ一人チェロを弾く子供です。以前一緒にチェロを弾いていた兄の哲郎はすでにチェロを辞めており、学校の友達もチェロに対する鉄雄の思いなど到底理解できるはずもなく、孤独な日々を送っています。鉄雄のチェロの腕前は小学生ながら大きな大会で優勝するほどですが、鉄雄は一人ではなく誰かと弾きたいのです。哲郎にもう一度弾いてほしい、一緒にやってほしいと頼みますが、鉄雄を可愛がっている哲郎は
「それだけはできない。」
と断るのでした。

橘・A・郁未(たちばな・アレックス・いくみ)は海難事故のただ一人の生存者として鉄雄の住む町に流れ着きます。郁未は海に投げ出されたとき自分を呼ぶ声を聞き、その声の元に必死に泳ぎ着きます。実はその声は鉄雄の弾くチェロの音色だったのです。郁未はその事故で母親を亡くし、外国人の父親も親戚もまったく頼るもののいない孤児となってしまいました。身元引受人がいないため、鉄雄の家に預けられることになります。

初めて会った郁未は口をきかず、鉄雄は郁未に
「お前、愛想ねえな。」
と言い放ちます。
ある日、鉄雄は弾くチェロを耳にした郁未は、海で自分を呼ぶ叫び声が鉄雄のチェロだったと悟ります。
それから郁未は、鉄雄のそばを離れず毎日チェロを聴くのでした。

郁未は哲郎から、鉄雄がいつも弾いている曲「チェロよ、叫べ」が本来は2挺で弾く曲だと聞き、自分が弾くから教えろと鉄雄に頼み、鉄雄は喜んで郁未に基礎からチェロを仕込みます。郁未は鉄雄の、誰にも理解されないという孤独を知り、それを「天才の孤独」と呼びます。郁未は自分だけは一生友達でいると誓うのでした。
「鉄雄は太陽の匂いがする。だから、お前を絶対に裏切らない。」

鉄雄と郁未の友情が深まっていったある日、手塚兄弟の祖父の古い知り合いでプロのチェリストの曽我百合子が手塚家にやってきます。
いつの頃からか百合子を苦手とするようになった鉄雄は浮かない顔です。それを知った郁未は自分も百合子とは口をきかないと言います。鉄雄は百合子から数年前に言われたある言葉に呪縛され苦しんでいました。

郁未は手塚家に正式に引き取られます。姓が変わっていないので、おそらく里子なのでしょう。郁未は鉄雄にだけ心を開き、少しでも離れることを嫌がります。その郁未を見て、手塚家の両親が郁未を引き取ることを決めたのです。今、鉄雄を引き離すことはできないと考えたのでした。郁未の鉄雄に対する感情は、友情というには激しすぎるものでした。

百合子は毎年夏に一か月ほど手塚家に滞在します。鉄雄が栃木の母方の祖父の家に遊びに行っていた一週間で、郁未は百合子の弾く曲を聴いて覚え、真似して弾けるようになります。その演奏を鉄雄に聴かせ、
「簡単だった。だから百合子なんて大したことない。あいつの言葉なんかで苦しむな。」
郁未は鉄雄を励まし、喜ばせるつもりで言ったのです。が、それは百合子に言われた言葉よりも何倍も深く鉄雄を傷つけます。
郁未が一週間で耳コピしたその曲は、チェロの曲の中でも最も難曲とされる曲でした。そして、鉄雄はまだその曲を弾けないのです。
本当の天才は郁未だったのです。これで鉄雄を百合子のかけた呪いから救うことができたと信じ、満面に幸せそうな笑みを浮かべる郁未と、この世の終わりのような絶望的な表情の鉄雄のアップが読む方も辛くなります。まだ小学生の二人が、これから才能というものに苦しむことを予感させます。一人は才能がない故に、もう一人は才能がある故に。

郁未がチェロをはじめたのは鉄雄を一人にしないためで、鉄雄が2挺のチェロで合わせたがっていた「チェロよ、叫べ!」を二人で弾くためです。この「チェロよ、叫べ」は架空の曲ですが、モデルとなっているのは「チェロよ、歌え」という曲です。歌うを通り越して叫んでしまうんです。その叫びは鉄雄の孤独の叫びであり、その声を聞いた郁未を引きつけ、命を救った叫びなのでしょう。これから成長していく二人がどうなるか、楽しみに追っていきます。

「チェロよ、叫べ!」のモデルとなった「チェロよ、歌え」はこちら。


【輸入盤】ホーナー:パ・ド・ドゥ、ペルト:フラトレス、ソッリマ:チェロよ歌え!、エイナウディ:希望の扉 サムエルセン兄妹、ペトレンコ&リヴ [ James Horner ]

【輸入楽譜】ソッリマ, Giovanni: チェロよ歌え!(8本のチェロ): パート譜セット [ ソッリマ, Giovanni ]

郁未が一週間で耳コピした難曲、チェロ協奏曲はこちら


ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 他、エルガー:チェロ協奏曲 他 [ ジャクリーヌ・デュ・プレ ]


日本語ライセンス版 ドヴォルジャーク : チェロ協奏曲ロ短調op.104 小型スコア スプラフォン社日本語ライセンス版

2巻はこちら

3巻はこちら

4巻はこちら

5巻はこちら

ジャズ漫画 坂道のアポロンに見る60年代の音楽事情

物語の舞台となる1960年代は、64年に東京オリンピックがあり66年にビートルズが初来日、まだまだ貧しかった日本ですが明るい希望に満ちていた時代でもあります。
ジャズはもちろんのことロックやフォークも台頭してきて、ビートルズやストーンズが日本中を騒がせ、一方でPPMやボブ・ディランもヒットチャートを賑わせていた、いわば世界的な音楽シーンの黄金期の始まりともいえるでしょう。日本では69年から中津川フォークジャンボリーが中津川市(現在)で開催されています。日本初の野外フェスです。中津川フォークジャンボリーはウッドストックよりも数か月前に開催されていたのです。
この頃から学生が自ら楽器を手にし、自己表現をするようになってきました。フォークジャンボリーにはアマチュアの飛び入りコーナーもあったのです。岡林信康、五つの赤い風船、高石ともやなどが活躍していた時代です。

さらに千太郎の弟妹、幸や康太の世代が高校に入る頃には日本はかぐや姫など四畳半フォークが盛んで、フォークソング同好会や軽音楽部のある高校も増えてきたようです。
上手い下手にかかわらずスリーフィンガーはやカーターファミリーは多くの高校生が弾けたとも聞きます。
ただ、今のようにネットなどにより、どこに住んでいても情報が共有できる時代ではありませんでしたから、手探りで音楽を作っていくしかなかった部分もありました。フォークギターの弾き方を教わる相手は学校の先輩や近所に住む高校生や大学生、兄弟などでした。Fのコードが難関で、セーハできないで挫折する人も多かったため、二人のギタリストの内一人は「F係」Fだけを弾くために一緒にステージに立って、Fを待ち構えて渾身の力を込めてセーハしていたという笑い話のようなこともあったということです。

坂道のアポロンの本編が終了後スピンオフとして掲載された作中では、次世代の影もちらついてきます。アポロンジュニア世代は団塊ジュニアでもありますね。ちょうど音楽に興味を持ち始め、楽器が欲しくなる年齢に差し掛かったころの人気番組が「いかす!バンド天国」でした。なので、迎勉さんが孫に
「ジャズやっとけ。」
と口ではいいながら、ムカエレコード店に「たま」のCDを置いたりしてたかも知れません。

そして令和を迎えた今、迎勉さんのひ孫世代が中高生の頃です。
音楽は今やCDですらなくダウンロードとyoutube、楽器がまったく弾けない作曲家が出現するこの時代、迎家のひ孫が熱中する音楽とは、意外とジャズかもしれません。

というのも、ライブハウスやスタジオで出会う20代くらいの若者の中には、
「ジャクソン・ブラウン大好きなんです。」
「好きなミュージシャンはニール・ヤングとザ・バンドです。」
という人も結構いるのです。ご両親の影響だそうです。子供の頃から馴染んだ音楽なのですね。
音楽がこのように世代から世代へ受け継がれていく、これって素晴らしいことだと思います。

また、最近の音楽はコードが複雑でお洒落なものが多いのですが、それをやってみたいと思った時にはジャズの勉強が不可欠なのです。そこからジャズに興味を持ち祖父や曾祖父に教えを乞うひ孫、なんていいですね。

ところで百合香さんの生んだ子供のうちどちらかは、母親の才能を引き継いでコミケで同人誌売ってそうな気がするのは私だけでしょうね。


ピアノミニアルバム 映画 坂道のアポロン ヤマハミュージックメディア

ジャズ漫画 坂道のアポロン あらすじとネタバレ


坂道のアポロン(6) (フラワーコミックスαフラワーズ) [ 小玉ユキ ]

1960年半ばの長崎県佐世保市を舞台に、ジャズを愛する高校生の青春を描いた小玉ユキの傑作漫画です。
父親の仕事の都合で佐世保の親戚の家に預けられることになり、横須賀から転校してきた西見薫は転校先の高校にも下宿先である親戚の家にもなじめず、孤独な毎日を送っていました。そんなある日、番長の川渕千太郎と出会います。ジャズドラマーである千太郎に引っ張られ、クラシックピアノしか知らなかった薫もジャズにのめりこんでいきます。ジャズを通して深まっていく二人の友情の物語です。さらに、千太郎の幼馴染の迎律子、律子の父でベーシストの迎勉、大学生でトランぺッターの桂木淳一など、個性的な登場人物との関わりのなかで成長していく二人の姿を描いています。

人と壁を作り、一人でいいと思っていた薫が、音を重ねている楽しさを知り初めて笑顔を見せるセッションのシーンから薫の笑顔のカットが増えていきます。

優等生で医大志望の薫(ボン)とバンカラな一匹狼の千太郎、一見水と油の二人。クラシックしか知らなかった薫が千太郎の導きで初めてジャズという音楽を知り、クラシックとジャズの違い(スイングとは何か、アドリブとは何を弾けばいいのか)お互いの音を重ねて思いのままにセッションする楽しさを知り、灰色だった生活が色鮮やかなものに変わっていきます。
そんな中、薫はいつも二人を優しく見守る同級生の迎律子に恋心を抱くようになります。律子は千太郎の幼馴染で、実家はレコード屋。律子の父はベーシストで、千太郎にジャズを教えた張本人です。千太郎と律子の父、そして律子の家の隣に住む大学生の桂木淳一のトランペットを加えて、三人で迎レコード店の地下でよくセッションをしています。

演奏シーンやジャズについて語る会話のシーンが素晴らしいです。ジャズを知らない人、敬遠していた人にも興味を持ってもらえそうです。
そして60年代の地方都市の雰囲気も秀逸です

薫は律子が千太郎を好きなことに気づきます。律子が好きだからこそ気づいてしまうのです。一方千太郎は律子の気持ちにまったく気づいていません。千太郎はまだ恋を知らないのです。その千太郎が初めて好きになったのは、上級生の深堀百合香。薫が律子に抱く気持ちと、律子が千太郎に感じる気持ちは一緒なのです。好きだけど気づいてもらえない。相手の気持ちは自分にはなく、別な人を好きである。同じ気持ちだからこそ、より切なさが増します。

さらに百合香が魅かれる相手は律子の隣のケーキ屋の息子、桂木淳一でした。千太郎達が「淳兄」と呼び慕う淳一は、東京の大学に通っていましたが、学生運動にのめり込み挫折して佐世保に戻ってきていました。淳一も百合香を憎からず思うようになります。

いつしか淳一と百合香のことが噂となり、百合香を案じた両親に見合いをさせられそうになります。百合香を将来を慮った淳一は、百合香に別れを告げ東京に戻ることを決意するのです。

一方薫は、顔も覚えていないほど幼い頃に別れた母と再会します。薫の母は小学校しか出ておらず、字もあまり読めません。西見家は比較的裕福だったため嫁として認めてもらえず、薫の祖母に追い出されたのです。それ以降、薫が東京の大学に進学してからも母との交流が続くようになります。

薫と千太郎が仲違いを通して、ジャズをやる上でお互いかけがえのないパートナーと認識するようになった頃、ある出来事があり、千太郎は行方知らずとなってしまいます。

それから10年、東京で医者になった薫のもとに百合香が訪ねてきて、思いがけないことでわかった千太郎の消息を教えてくれました。

千太郎は離島で神父になっていました。それも彼らしく飛び切りファンキーな神父です。教会にはドラムが置いてありました。

本編終了後に発表されたスピンオフ作品も刊行されていますが、最終話のセッションシーンで妊娠中の律子がお腹の子に向かって語り掛けます。

「楽しそうやろ。早く出てきて混ざらんね。」

律子のお腹の子の父親が誰なのか、それは本書でぜひ確かめてください。またベースと初めて出会う律子の父、勉の若かりし日を描いた作品も収録されています。戦時中の出来事です。


坂道のアポロン BONUS TRACK(10)【電子書籍】[ 小玉ユキ ]

音楽漫画 いつもポケットにショパン あらすじとネタバレ


いつもポケットにショパン(全3巻セット) (集英社文庫) [ くらもちふさこ ]

少女漫画で初めての本格的な音楽漫画です。
クラシックの世界を舞台に、繊細で不器用な少女の揺れ動きながら成長する心を丁寧に綴った、くらもちふさこの初期の代表作。
須江麻子は有名ピアニストを母に持つ小学生。母にはピアノを教わらず、別の先生のところに幼馴染のきしんちゃん(緒方季晋)と一緒に通っています。きびしい母とはうまくいかず、きしんちゃんと、きしんちゃんのママの方に心を寄せる麻子でしたが、小学校の卒業を間近に控えたある日、きしんちゃんが日本の中学には進学せず、ドイツに留学すると聞かされます。
感情表現が苦手な麻子は、あっさりと流してしまい、きしんちゃんに
「あっけないんだな、麻子ちゃんは。」
と言われてしまうのです。

中学生になった麻子は、ドイツに行ったきしんちゃんとママが列車で事故にあい、ママが亡くなりきしんちゃんが失明という新聞記事を見てしまいます。そしてその時、きびしくて冷たいと思っていた母が涙を流すのを見てしまいます。

やがて麻子は、都内の音楽高校に進学し寮生活に入ります。麻子の希望はこの学校で一生懸命音楽の勉強をし、ドイツに留学して、きしんちゃんを探すこと。
麻子はきしんちゃんと会えるのか。

・・・会えます。ネタバレですが、この展開で「会えませんでした。」ってまずないですよね。
会えますが、勿論その先にいろいろとあります。

再会したきしんちゃんは、昔とは打って変わって麻子に辛くあたるのです。それは、麻子の母ときしんちゃんのママ、そして亡くなったと聞かされていた麻子の父の過去に関係する事柄でした。実はきしんちゃんのママは麻子の母をずっと憎んでいたのです。ドイツで失明したきしんちゃんは亡くなったママの角膜を移植します。自分の目になったママの思いがある限り、麻子母娘を憎まなければならない、麻子を好きになってはいけないと思い決めていたのです。

きしんちゃんのピアノは個性的で、コンクール向きではありません。そのため実力はずば抜けているのですが、優勝経験がなかったのです。上級生の上邑さんは麻子に、ほとんどの人は自分の個性を殺して教授のお気に入りのピアニストに収まる。それが日本に名ピアニストが育たない原因だと語ります。

ところがきしんちゃんは誰に何と言われても自分の個性を押し殺そうとはしない、まれにみる強さがある。つまり、こうと思ったことはやり通すとということで、麻子をママの代わりに憎み続ける気持ちも変えないのです。

感情表現が苦手だった麻子は、物語の序盤ではピアノも今ひとつパッとしない子でした。
有名ピアニストの娘、というプレッシャーも麻子のコンプレックスに拍車をかけ、素直に感情を出すことができない要因になっていました。
その麻子がピアノや音楽を本当に愛するようになってから、自己を素直に表現するようになり、それとともにピアノもぐんぐん上達していく過程が非常に読み応えがあります。そして母のことも少しづつ理解していき、それにつれ音楽に深みが出てくるのです。

公開講座を開講した麻子の母、愛子が受講生の女の子にキャベツの千切りを思い出して楽しく。と指導したところ、その子の母親が娘には包丁を持たせたことはない、ケガしたら困るから。あなたは自分の子供にはさせられるのか?と聞かれます。それに対する愛子の返答が

「麻子はシチューが得意です。」

それこそ得意げに、誇らしげに麻子の母が語るこのセリフが、物語のクライマックスに心に沁みていきます。不器用な麻子にあえて自分で髪を編ませることで、ワーキングマザーのためあまり一緒にいられない麻子の成長の目安にしてきた母が、ピアニストの卵であるにも関わらず麻子に包丁を使わせ、生活させるためにどんどん突き放したことを、麻子自身が悟り、初めて母の愛に包まれていたことを知る感動的なシーンです。

少女漫画ですが、大人になってから「わかる」作品です。麻子と自分を重ねる大人の女性が多いのもうなづけます。麻子と同年代のうちは、あまりピンとこないかもしれないですが、麻子の持つ「不器用さ」「自己表現の拙さ」が実は誰もが持っており、人によっては思春期に苦しむ要因にもなっていることがわかるようになる年代に、より強く響くのかもしれません。

また、出てくる大人が素敵です。まず絵がちゃんと「大人」です。最近の漫画によくある、高校生の顔にほうれい線を書き足しただけの大人ではありません。フェイスラインのたるみや目が下がり気味のところ、表情も歳と経験を重ねた大人の表情になっています。
そして大人としての態度を取ります。麻子の両親、恩師など、人生の先輩として毅然として子供に向き合います。

子供の絵も可愛いです。幼い頃の麻子ときしんちゃんや、須江家の別荘に送り込まれたピアノ少年の、丸くて柔らかい頬の感じ、高校生たちの表情も不安とプライドとが渾然一体となった、この時期特有の魅力があります。