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聖夜 (文春文庫) [ 佐藤 多佳子 ]>
「聖夜」は、佐藤多佳子作のミッションスクールのオルガン部に所属する高校生、鳴海一哉の物語です。牧師を父に持つ一哉は、父と祖母の三人暮らし。幼い頃から教会のオルガンを身近に感じながら育った一哉はオリヴィエ・メシアンの曲にチャレンジする一方、キース・エマーソンに心を魅かれています。自宅は教会ですが神は信じていません。信じていませんが、学校では聖書研究会にも入っています。
元ピアニストの母はドイツ留学中に父と知り合い、牧師夫人となってからは礼拝で弾くためオルガンを学びはじめます。ところが、一哉が十歳の頃両親が離婚します。母は
「オルガンの師匠と結婚してドイツに行く、一哉も連れていく。」
と言いますが、一哉はそれを断り日本で父と祖母の暮らすことを選ぶのでした。一哉は母が許せなかったのです。父を裏切ったことではなく、母が母でなくなったことをです。
小6の頃、一哉はテレビでEL&P(エマーソン、レイク&パーマー)を知ります。キーボードのキース・エマーソンがナイフをオルガンに突き立てる映像は一哉の心に衝撃を与えます。この男は悪魔か?と思い、それと同時にこれだ、これがやりたいんだと悟ります。母の残していったオルガンにナイフを突き立てたいと思ったのです。それからEL&Pのレコードを買って耳コピをはじめるようになります。EL&Pを耳コピするというだけでも、相当耳がいいのでしょう。案の定、一哉は絶対音感を持っており、生活音を次から次へと五線譜に書き込むということもしているのです。
オルガン部の後輩、天野真弓は技術的には平凡だけれども、音楽的に非凡なものを持っていると一哉は感じています。譜読みが遅く、なかなか曲が完成しない天野の音は、どこにいても届き、彼女の弾く音だとわかるほど美しく個性があったのです。それは子供の頃からピアノやオルガンに親しみ、絶対音感も持っている一哉にはない、生まれ持ったセンスや才能なのです。一哉は天野に
「あんたは演奏者だ。」
と告げます。
高校の礼拝の奏楽はオルガンの部員が交代で担当します。一哉は当番の日、イライラをぶつけるように「展覧会の絵」をEL&Pバージョンで弾きます。先生には叱られますが、それを聴いた同じクラスの深井にEL&P好きなのか?と問われます。深井は実はギタリストで、EL&Pもよく聴くのでした。兄の影響でディープパープルやレッドツェッペリンを聴くようになった話から、プログレにはまってキング・クリムゾンやイエス、ピンク・フロイドの話を夢中になって聞かせたあげく、今好きなのはラリー・カールトンだと話します。ところが、一哉はEL&P以外は知らないのでチンプンカンプンなのでした。
深井の知り合いの社会人バンドがEL&Pのコピーもやっていると聞き、興味を持った一哉に深井は今度一緒に聴きに行こうと誘います。
文化祭の日、一哉はオルガン部の演奏をすっぽかして深井とライブを見に行きます。
初めての生の音は一哉の心を揺さぶり、深井の知り合いのバンドのキーボーディスト、笹本さんに一哉は質問します。
「キース・エマーソンは破壊者ですか?解放者ですか?」
笹本さんはそれに答えて
「キースは音楽家だよ。」
と言います。その言葉に一哉は感動を覚えるのでした。
終電を逃し、深井の家に泊まって翌日帰宅した一哉は、父に叱られます。その時に、いつでも清く正しい聖職者であると思っていた父の犯した罪を知らされます。
ラストシーンはオルガン部のクリスマスコンサートのリハーサルです。天野の弾くバッハを聴いた一哉の心の中に
「神様!」
と思いがけない言葉が浮かびます。
そして、クリスチャンではない天野の弾くバッハに神が宿ると感じるのでした。
佐藤多佳子さんらしく取材が行き届いた作品です。そのため、音楽について結構突っ込んだ話が随所に盛り込まれ、そちらでも楽しめます。オルガンの話は勉強になります。
ライブを聴きに行く前に深井の家でレコードを聴くのですが、その選曲も高校生にしてはマニアックで面白いです。
一哉は深井に、一緒にバンドをやろうと誘われ、まだバンドをやることはイメージできないが、曲を書いて深井に渡してみよう、と思うのでした。