二人の「師」・・・由井
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3巻の1話は、大の師匠の由井の日常を描いています。酒瓶の転がる汚部屋のソファで昼まで眠りこける由井に、一本の電話が入るシーンからはじまります。半年前に依頼されたCMソングの催促の電話でした。FAXする旨伝えて、ようやく由井の1日がはじまります。
自宅の地下スタジオでレッスンです。まず60代とおぼしき男性のサックスレッスンです。初心者らしい男性の課題曲は「蝶々」定年後に新しく挑戦した趣味、といったところでしょうか。緊張の面持ちで必死に吹く男性に由井は一言
「上手!」
さらに
「ジャッキー・マクリーンみたい。特にミの音が。」
と付け加えます。すると、それまで半信半疑だった男性の顔がパッと明るくなり、喜んで帰っていきます。やる気が出た様子です。
次の生徒はボーカルの女性、迫力のある体格の彼女にも
「上手!!」
{もう少し口角を上げ気味で歌うといいね。」
とアドバイスします。
その日最後の生徒は大でした。由井は怒鳴りまくります。本領発揮です。
大のレッスンが終わったあと、由井はバークリー時代の同級生、片山に会います。ピアニストの片山は、翌日のライブののため仙台に前のりしてきたのでした。由井は片山に通ってくる生徒の中に面白いやつがいると語るのです。
「ブルージャイアントが現れてお前の耳に届く日が来る。そいつだ。」
次の日、由井は大に片山のチケットを渡し、自分は幼稚園生のピアノのレッスンに勤しむのでした。そこには由井なりの思いがあるのでした。由井は密かに、一流という片山と由井の夢に一人献杯するのです。
けれど由井先生、大に対してだけではなく他の生徒にもいいレッスンしてます。レッスン室に酒瓶が転がったままなのは考えものですが。
最初のサックスの男性に対し、ただ「上手!」と褒めるだけではなく、「ジャッキー・マクリーンみたい。特にミの音が」と付け加えることで、具体的にどこがよかったかを伝えています。男性はジャッキー・マクリーンを知っています。知っているだけでなく恐らく憧れのミュージシャンであるのでしょう。ほんの少しだけ憧れの存在に近づけた喜びとともに、ミだけではなくファもソも他の音もジャッキーに近づけるように努力することでしょう。大にGの座標を与えたように、サックスの男性にも自分の中で一番ジャッキー・マクレーンに近いミの音を指標として与えたのです。
ただ、もしかすると作者の意図するところは、一流を目指して挫折した男が初心者を相手に無難なレッスンをしているが、大に対してだけは本気でレッスンするというところなのかもしれませんが、だとすると由井は作者の手を離れて勝手にいいレッスンをしてしまったのですね。そういうとこ嫌いじゃないですよ、由井師匠。
二人の・「師」・・・ミュージックティーチャー 黒木
雅之からサックスを贈られた大は毎日練習するのですが、どのキーを押しても同じ音しかでないことで悩んでいました。困った大はある日、音楽室に音楽の黒木先生を訪ねていきます。
黒木先生は定年間近と思しき女の先生です。白髪交じりの真ん中から分けたボブが70年代に青春時代を過ごした名残にも見えなくありません。その人柄は真面目でピュア。音楽室に来た大に両手をきちんと前で組み
「バスケットボール部の宮本君。」
と呼びかけます。バスケ部、なんて略し方はしないのです。大は黒木先生が部活まで覚えていることに驚きます。黒木先生は全生徒のフルネームと部活を覚えているのでした。
大の悩みを聞いた黒木先生は、大にサックスの運指表をくれました。「宮本君 がんばってください。」と書き込まれた運指表を頼りに運指を覚えていきます。
どうしたらうまくなるのかと問う大に黒木先生は、
「吹くの。毎日吹くの。」
「毎日毎日毎日毎日ずっとずっとずっとず——-っと毎日吹くの。」
「きっと上手くなる。先生応援してるから、ね。」
その言葉の通り毎日毎日吹き続けた大は、高校最後の学園祭。サックスのソロでステージに立つことを決めます。学園祭当日、ロックバンドがほとんどのステージでジャズという音楽の熱さ、激しさ、カッコよさを伝えにいきます。
一方黒木先生は、生徒たちのステージを見ながら、かつてバンドマンを目指した大勢の教え子たちに想いを馳せます。たくさんの子供たちが音楽を愛し、バンドマンを目指し、挫折していったこと。その子たちに自分は何かしてあげられたのかと自分に問うのでした。
大は最初の一音で観客を圧倒し、体育館中を沸かせました。そして2曲目は黒木先生をピアノに迎え、演ったのは校歌。大合唱になったところでジャズアレンジになります。黒木先生は立ち上がって熱いソロを繰り広げます。全員総立ちでした。ジャズが伝わったのです。
大は黒木先生に伝えます。黒木先生が音楽の先生でよかったと。音楽は人生に不可欠な、心の欲する栄養だと語った黒木先生の授業も間違いなく伝わっていました。
次の日、舞とデートをした大は舞に「仙台を離れる。」と告げます。由井にはジャズの道は険しいこと、調子にのるな、と釘をさされた大でしたが、若者にもジャズは伝わると確信したのでした。
2度目の「バード」で、あの人と再会
由井は大が急速に成長したことを感じます。毎日川原で一人きりで吹いている大に、そろそろ他の人と一緒にやる時期が来たと告げ、バードのオープンマイクに連れていきます。バードは何も知らなかった大が初めてライブをやり、最初の挫折を味わった店です。大は由井に、バードで演るなら聴いてほしい人がいると言います。
その日ピアノを弾いていたのは大の初めてのライブの日のピアニストでした。彼は大の参加を喜びます。自分の出番まで他の人の演奏を楽しむ大でしたが、スケールからはずれた音、合ってない音にすぐ気づきます。そんな聴き方をしたことがなかった大は、自分の耳が明らかに成長していることに気づきます。
そこにやってきた一人の酔客が、大の待っている人でした。最初のライブの時、大はバンドとのバランスを考えず川原で出している音量で吹いてしまい
「うるさいんだよ君は!」
と客に怒られてステージを下ろされてしまうのですが、その客がマスターに呼ばれてやってきたのでした。大の顔を見て帰ろうとする客に大は、一曲だけ聴いていってくださいと頼みます。
「必ずおじさんの度肝を抜きますから。」
と。
さて、由井先生は仙台にしかいませんが(しかも2次元の仙台にしかいませんが)こちらの教室なら全国どこからでも通えます。教室に酒瓶が転がっていることもありません。体験レッスンからどうぞ。
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